宇都宮地方裁判所足利支部 昭和54年(タ)1号 判決 1980年2月28日
原告 乙野花子こと甲野花子
被告 乙野太郎
主文
一、アメリカ合衆国ニユーヨーク州ニユーヨーク郡上級裁判所が、原告乙野太郎、被告乙野花子間の離婚請求事件(事件番号同裁判所U四八六二四)につき、昭和五一年八月二〇日になした「原告と被告とを離婚する。」旨の判決は、日本においてその効力を有しないことを確認する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
主文と同旨の判決
二、被告
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 原告(昭和一五年一月一一日生)と被告(昭和二二年七月一六日生)とは、昭和四三年五月二〇日、新潟県○○郡○○町長に夫である被告の氏を称する婚姻の届出をなし、両者間に、昭和四四年七月二三日長男「○○」、昭和四七年四月一〇日二男「○○」および「三男○○」を儲けた。
2 しかるに、被告は、昭和五一年八月二〇日アメリカ合衆国ニユーヨーク州ニユーヨーク郡上級裁判所において、「乙野太郎(本件被告)と乙野花子(本件原告)とを離婚する。」との趣旨の判決(以下本件離婚判決という)を得、右裁判は確定している。そして、被告は、昭和五二年八月八日在ニユーヨーク日本国総領事に右判決の謄本を提出して離婚の届出をなした。その後、原告は、昭和五三年四月二八日付をもつて夫との婚姻による戸籍から除籍され、同年五月一〇日婚姻前の本籍地に原告のための新戸籍が編製された。
3 しかしながら、右離婚判決は、まず、わが国の渉外離婚事件に関する裁判管轄分配の原則すなわち、当該離婚事件の被告住所地国に管轄権を認めるべきとの原則に反しており、民事訴訟法二〇〇条一号の外国判決承認の要件を欠くものである。
仮にそうでないとしても、その訴訟手続は、同事件の被告(本件の原告)に対する訴訟開始に必要な呼出もしくは命令の送達をなさずに開始され、かつ、同事件の被告は右事件につき応訴しなかつたので、同条二号の要件を欠くものである。
したがつて、本件離婚判決はわが国においてはその効力は否定されるべきであるので、その確認を求める。
二、請求原因に対する認否
1 右1、2項の各事実は認める。
2 右3項の事実中、原告に対し呼出がなかつたとの点を否認し、その余はすべて争う。
三、被告の主張
1 原告の管轄権なしとの主張に対し
渉外離婚事件の管轄権は、当事者双方の住所地国にあると考えるべきである。
仮に、右主張が認められないとしても、本件離婚判決にかかる訴訟は、当該事件の原告(本件の被告)の住所地国であるアメリカ合衆国にも管轄権が認められる例外の場合に該当する。すなわち、被告は昭和四五年八月単身渡米したものであるが、原・被告間には、被告の渡米前長男出生の頃から再三にわたり離婚の話があり、被告の第二回目の渡米の昭和四七年八月ごろにはすでに両者とも離婚の話合をしていて単にその手続を残すのみの状態であつた。したがつて、離婚訴訟の管轄は、離婚の合意を前提とした単なる手続上の問題であるにすぎない。さらに、原告は、被告の本籍地である被告の両親宅でその両親と同居していたが、火災を起こし、或いは被告の父を殴打するなどして昭和五〇年一月右両親宅を自ら出、埼玉県内の原告の兄宅に寄留したが、これは被告の両親ひいては被告を遺棄したものというべきである。以上の諸事情を考慮すれば、被告の住所地国にも管轄が認められる例外の場合に該当するというべきである。
2 原告の呼出がないの主張に対し
本件離婚判決にかかる訴訟手続は、訴提起につきその呼出状が昭和五一年六月二四日訴外○○○○弁護士を通じて原告に送達され、その後の訴訟が進められたものである。
四、被告の主張に対する認否
1 同主張1に対し
原・被告間に離婚の合意の点を含めて離婚の話があつた事実は否認する。すなわち、被告は、前記二度の渡米の外に昭和四九年八月の一時帰国を含め三度渡米しているが、いずれの場合も、渡米前に離婚話をしたことはない。被告は渡米するとき必ず日本に戻つて生活することを約束して出かけたので、原告は夫の帰りを信じて三人の子を抱え帰国を待ち、被告の両親と同居もして被告の実家のためにも尽くしてきたものである。さらに、昭和五〇年一一月には原告の兄が被告を日本に連れ戻すべくニユーヨークにも出かけており、これらの点をみても、原・被告間に婚離の合意ができているはずはなかつた。
また、一般的に、仮に離婚の合意が成立している場合でも、日本離婚法上、協議離婚の制度があり、さらに離婚の調停、裁判上の離婚の各方法もあり、何も外国裁判所を煩わせる必要はない。そして、本件の場合、被告にとつては、右のような法律上の手段に欠くところなくまた事実上もそれが可能であるのに対し、原告にとつては、ニユーヨーク州上級裁判所にまで出頭、応訴しなければならないとすれば、経済的にも時間的にも多大の犠牲を強いるものであり、事実上自己の権利を守ることは不可能となり、極めて正義公平に反する結果となる。
被告の、原告が被告を遺棄したという主張事実すべては否認する。被告は、二度目および三度目の渡米は原告の反対をふり切つて出かけ、又、原告の度重なる帰国の願いにも被告は応じないどころか、いずれも昭和五〇年四月、六月、九月に合計三三万円を送金してきた外は必要な生活費も送金せず、かえつて、原告の知らないところで訴外○○○○なる女性と同棲しその後婚姻届を出しているものであり、夫婦間の同居、協力、扶助の義務を怠つたのはまさに被告の方である。
以上のとおりであつて、被告の場合、当該離婚事件の原告住所地国にも管轄権を認める例外の場合にも該当しない。
2 同主張2に対し
右主張事実は否認する。すなわち、原告が本件離婚判決のなされた事実を初めて知つた事情は、被告の両親に預けてあつた二男、三男のうち、二男の○○が昭和五三年八月一七日水死した際、その通夜の席で原告が離婚されたことを初めて知らされ、直ちに戸籍謄本を取り寄せたところ、すでに二年前に右判決がなされていた事実、さらに、被告が前記訴外○○○○と昭和五一年九月三日婚姻している事実を知つたものである。
第三、証拠<省略>
理由
一、本件訴の適法性
一般に、国内事件の判決を直接無効の対象とし、その確認を求めることは許されないと解される。しかし、本件において原告が求める訴は、外国裁判所による離婚判決が民事訴訟法二〇〇条所定の要件を欠きわが国においてその効力を承認されない結果、わが国においてその効力を有しない、すなわち、その実質原・被告間に現在夫婦関係が存在することの確認を求める訴と解すべきである。また、問題の解決は、夫婦関係存在確認の訴を提起し、その先決問題として外国判決の承認要件不備を主張すれば足りるとも考えられるが、外国判決の効力の存否を直接審判の対象とした方が、子の監護権その他離婚に付随する諸問題を統一的・確定的に解決できる利点も考えられること、さらに、外国判決については再審等当該判決に対する直接の不服申立方法もないことを考慮し、本件訴は適法と考える。
二、認定した事実
いずれもその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲一ないし四号証、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる同五ないし七号証、証人○○○○、同○○○○の各証言、原告本人尋問の結果、(第一、二回)を総合すると、請求原因1および2項記載の各事実をすべて認めることができ、さらに、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 1 原・被告は、婚姻後被告の本籍地所在の被告の両親宅で、その家業である仕出し業を手伝つていたが、昭和四五年五月、被告は、ニユーヨークでレストランを経営していた原告の兄○○○○方でコツクとして稼働するため、単身渡米した。
2 その後、被告は、昭和四六年七月に帰国したが、二男、三男が出生した後、昭和四七年九月に再度渡米し、その後昭和四九年八月に突然帰国し約一カ月日本に滞在した後三度目に渡米して以来、現在まで継続してアメリカ合衆国にて居住している。
3 原告は、被告の両親と同居し、三人の子供の養育にあたるかたわら家業を手伝つたり、他所に働きに出ながら、二度目の渡米までは約一年で必ず帰るとの被告の言を信じ被告の帰国を待つた。しかし、原告はもちろん被告の両親の強い反対をもあえてふり切り三度目に被告が渡米した後、昭和五〇年一月ごろ、原告は、三人の子供を連れて埼玉県下へ移つて被告の両親と別居し、その後現住所地に転居したものであるが、原告はこの間一度も渡米したことはない。
4 その後の同年七月、原告は被告から、日本へは帰りたくないし帰れないから別れて欲しいとの手紙を受けとり、これまで原・被告間には一度も離婚の話が出ておらず、原告は突然のことで、すでに帰国中の前記兄○○と相談したうえ、思い直して欲しいとの手紙を被告宛送つたが、被告からは返事がなく、その後は、被告の住所が転居により判明しなくなつた。
5 そこで、同年一〇月ごろ、原告および被告の両親の依頼で、原告の兄○○は被告を日本に連れ戻すべく渡米し被告と会つたが、被告はすでに訴外○○○○なる女性と同棲しており帰国の意思はまつたくなかつた。
6 昭和五一年になり、原告は、被告からの送金もなく経済上の理由で二男、三男を被告の両親方に預けたが、昭和五三年八月二男○○が水死する事故があり、その通夜の席上、近所の人から、原告は○○の家の者でないとの話を聞き、不審に思い戸籍謄本を取り寄せて初めて被告と離婚になつている事実、すでに被告が別の女性と婚姻している事実を知つた。
7 被告の両親としては、被告の二回目の渡米の際、被告から離婚の話を出され、親としてこれを止めたことがあつたが、原告から離婚の話はいつさい聞いておらず、また、被告が離婚したという事実も、昭和五三年の四月ごろ、訴外○○○○が突然被告両親宅を訪ねてきて初めて知つた。
三、本件離婚判決の効力
1 ところで、身分形成判決である外国離婚判決についても、民事訴訟法二〇〇条が適用されるか見解の分れるところであるが、その適用ないし類推適用があるものと解する。
2 そこでまず原告が第一次的に主張する同法一号所定の裁判管轄権の有無につき検討する。
渉外的離婚が訴訟によつてなされる場合、離婚の裁判をなすべき管轄権がいずれの国の裁判所に帰属するか、については、わが国には明文規定はない。そこで、当裁判所は、この点に関しては、原則として当該離婚事件の被告が住所を有する国の裁判所に管轄権を認め、例外的に、被告の所在不明、悪意の遺棄、その他これに準ずべき特別の事情のある場合に、補充的に原告が住所を有する国の裁判所にもこれを認める見解を相当と考える。したがつて、当事者双方の住所地国に管轄権があるとする被告の主張は失当である。そしてこれを本件離婚判決についてみるに、前項認定のとおり、右判決にかかる訴訟提起当時、当該事件の被告である本件の原告は、一度も渡米せず日本に居住していたことが明らかであるから、右判決は、当該事件の被告住所国の裁判所の判決ではなく、まず前記の原則には該当しないこととなる。
3 そこで、右例外の場合に該るとの被告の主張につき判断する。
ところで、右例外の場合には、被告の住所不明、遺棄を例とし、他に、被告住所主義を貫くことが原告に酷であり、国際私法生活における正義公平の理念にもとる場合と解すべきである。これによれば、仮に本件被告の主張する、離婚の合意が成立しあとはその手続を残すのみの場合は、準拠法上協議離婚が認められていない場合であれば格別、原告主張のとおり被告としてはわが民法上許されている協議離婚の制度を利用すれば足りることであつて、右例外の場合としてまで考慮する必要はなく、したがつて、被告の右主張自体失当と考えざるをえないうえ、そもそも、本件では原・被告間に離婚の合意ができていたとの立証もまつたくない。
さらに、被告は原告から遺棄された場合に該ると主張する。しかし、その主張する原告は被告両親宅で火災を起こし、或いは被告の父を殴打するなどして右宅を出たとの点については、原告がその本人尋問(第一回)において、昭和四七年九月に(同年四月に出生した)双子を含めた三人の子供の面倒を見ていたときガスの火がてんぷら油の中に入つて燃え、天井を焦がしただけのことがあつた旨供述するのみであり、他に何ら立証はない。かえつて、証人○○○○の証言によれば、被告の両親は、原告から経済的な援助や病気の世話を受ける必要のある事情にはなかつたこと、原告と別居後も原告から常に連絡があつたことが認められ、これに反する証拠はない。
したがつて、原告が被告の両親宅を自ら出たことがひいては被告に対する遺棄に該るとの主張はとうてい認めることは不可能である。むしろ、前項認定の4ないし7項記載の事情から考えれば、被告の方にこそ原告妻子を遺棄したといわれても過言でない事情にあつたものと考えられる。
以上によれば、被告の前記例外に該るとの主張はいずれも理由がなく、他に本件では、被告の住所地国の裁判所に管轄権を認めなければ国際私法生活上正義公平の理念にもとるとの事情も見当らない。
四、結論
以上によれば、本件離婚判決は、管轄権のない裁判所の判決となり、民事訴訟法二〇〇条一号所定の要件を欠き、わが国ではその効力を承認されないこととなる。したがつて、その余を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があることになり、これを認容すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本孝子)